三木埼・まち歩き

灯台、狼煙場、静かな廃村、活気づく港町……
まちの歴史を垣間見て、ぐるっと三木埼、探検してみましょう

賀田湾に迫る山の緑が美しく、風光明媚な三木埼。三木埼は、吉野熊野国立公園の特別地域に指定され、アカガシやスダジイなどの豊かな自然林が残る貴重な場所。ここには2つの廃村があり、各集落を結ぶ古道が残っています。

頼母(たのも)

集落のまん中に広がる湿地帯は田園跡

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元盛松(もとさがりまつ)

寺の境内にそびえ立っていた老松が地名の由来

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三木浦町内 頼母エリア 元盛松エリア

三木埼遊歩道・三木埼灯台(みきさきゆうほどう・みきさきとうだい)

灯台まで歩いて片道約40分の散策コース。初春にはヤブキツバキの群生が咲き乱れ、山の中腹に白亜の灯台が現れます。三木埼の沖合いは波が高く、古くから海の難所と呼ばれていました。三木埼灯台は昭和3 年11月28日に初点灯、志摩半島の大王埼灯台と紀伊半島の潮岬灯台のほぼ中間に位置し、熊野灘を行き交う数多くの船舶の目標となり、海の安全に大きな役割を担っています。雄大な熊野灘の景色に癒されます。

木名峠狼煙場跡(きなとうげのろしばあと)

狼煙場は熊野灘にやってくる異国船の発見を伝達するための場所。江戸時代の寛永年間(1624~ 1645)には異国船の出没が激しくなり、江戸幕府は熊野灘を監視する遠見番所や狼煙場を奥熊野にも設置。海岸防備施設として重要な役目を果たしてきました。「狼煙」とは、良質の煙を立てるため、狼の糞を使ったことがその由来です。糞に松の青葉を混ぜて燃やしたそうです。

お米のために開墾! 古老から聞く田んぼ話

太地(たーじ)

延々と伸びる猪垣に囲まれて、かつては稲作が行われていました。田んぼのために造った石積みに驚かされます。海辺に出れば遠浅の入り江が広がり、水遊びができる絶好の浜です。

エビレ

二又峠の奥にあった稲作地。大きな川がなく水に苦労した盛松の人が、エビレに平地を見付けて田んぼを耕しました。

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